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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)327号 判決

亡岩佐善一訴訟承継人

原告

岩佐多津こと

岩佐

同承継人

原告

岩佐篤治

同承継人

原告

岩佐好博

同承継人

原告

岡田和郎

同承継人

原告

伊藤潤子

右原告ら訴訟代理人

林武雄

原告ら補助参加人

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

坂本由喜子

外七名

被告

大隈乙女

被告

大隈満

被告

鈴木信子

右被告ら訴訟代理人

河嶋昭

主文

一  原告らと被告らとの間において、別紙供託目録記載の供託金のうち、原告岩佐〓〓が金一四六六万〇八〇九円とこれに対する供託金利息、同岩佐篤治、同岩佐好博、同岡田和郎、同伊藤潤子がいずれも各金三六六万五二〇二円とこれに対する供託金利息について、それぞれ還付請求権を有することを確認する。

二  原告らその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は参加によつて生じた費用を含めて被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  原告ら・請求原因

(主位的)

1 亡岩佐善一は、昭和二八年八月二八日亡大隈潔との間において、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)につき売買予約をして同年九月五日所有権移転請求権保全の仮登記を経由した後、これを金三〇〇万円で買い受け、同年一〇月三〇日右売買予約日と同日付の売買を原因とする所有権移転の本登記を了したが、これより先の昭和二七年四月三〇日に亡潔と訴外同和株式会社(以下「同和」という。)との間において、本件不動産を代金一七〇万円で右会社に売り渡す契約が締結されていた。そこで、同和は右売買の債務不履行による損害賠償請求権者として亡潔に対し、破産の申立を行つたところ、昭和三三年四月二六日亡潔は名古屋地方裁判所より破産宣告を受けるに至つた。

2 破産者亡潔の破産管財人(以下「管財人」という。)は、昭和三四年亡善一を被告として同人と亡潔間の本件不動産についての売買契約を否認し、本件不動産についてなされた前記所有権移転請求権保全の仮登記及び所有権移転の本登記の各抹消登記手続を訴求したところ、昭和四三年一月一九日亡善一の上告が棄却されて管財人の右請求を認容する旨の控訴審判決が確定し、本件不動産は破産財団に回復されるに至つた。

そして、本件不動産は換価され、その換価金は、亡善一を含む各破産債権者に配当されたのであるが、配当の結果金二六〇〇万円の剰余金が生じたので、管財人は、これを定期預金として保管していたところ、昭和五四年九月六日現在の右剰余金の元利合計は、金二九三二万一六一九円(以下これを「本件剰余金」と称する。)となつた。なお、右破産財団の財産は、本件不動産が唯一の財産であつたから、本件剰余金は本件不動産の換価金から破産手続費用を控除し、各破産債権者に配当をした結果生じたものである。

3 ところで、管財人の右否認権行使の結果、破産財団に回復された本件不動産によつて生じた本件剰余金は、破産者亡潔にではなく、受益者である亡善一に返還されるべきものである。けだし、否認権は総破産債権者の共同担保の維持をはかることを目的とするものであるから、否認権行使の結果、本件不動産の売買契約が無効となるのは、破産財団と受益者である亡善一との関係においてのみである。従つて、破産財団に回復された本件不動産の換価金のみによつて全破産債権者に債務を完済して破産手続が終結した場合には、否認の効果は消滅し、右剰余金は当然に受益者である亡善一に返還されるべきものである。

4 しかるに亡潔の相続人である被告ら(その相続分はいずれも三分の一)は、何ら法律上正当な理由がないのにかかわらず、管財人に対し、本件剰余金の正当な受取人である旨主張し、右金員の返還を請求したので、管財人は債権者を確知することができないとして昭和五四年九月六日本件剰余金を別紙供託目録記載のとおり供託した(以下右供託金を「本件供託金」という。)。

5 そこで、亡善一は、被告らに対し、同月二六日本件剰余金の受領権者は亡善一である旨通知し、同日より一週間以内にこれに対する回答を求めたところ、被告らは本件供託金の一割あるいは三割を要求して、亡善一が右供託金の還付を受けることを違法に妨害した。

6 供託金の利息は、昭和五四年一〇月四日(亡善一が被告らに対して右の回答を求めた期限)から昭和五七年三月三一日までは年一分二厘、同年四月一日から昭和六〇年三月三一日までは無利息、同年四月一日以降は年一分二厘であるから、亡善一及び同人の相続人である原告ら(亡善一は、昭和五六年六月一〇日死亡し、同人の妻である原告岩佐多津と同人の子であるその余の原告らは、相続により亡善一の有した本件剰余金の返還請求権をそれぞれ二分の一(金一四六六万〇八〇九円―円未満切捨、以下同じ。)、各八分の一(金三六六万五二〇二円)宛取得した。)は、被告らの5記載の行為によつて本件剰余金に対する少なくとも民法所定の年五分の割合による損害金と右供託金の利息との差額の損害を受けた。

よつて、原告らは、被告らとの間において、本件供託金のうち、原告岩佐多津がその二分の一である金一四六六万〇八〇九円とこれに対する供託金利息、同岩佐篤治、同岩佐好博、同岡田和郎、同伊藤潤子がいずれもその八分の一である各金三六六万五二〇二円とこれに対する供託金利息についてそれぞれ還付請求権を有することの確認を求めるとともに、民法七〇九条に基づき、被告らは原告岩佐多津に対し、右各金一四四六万〇八〇九円の三分の一である金四八八万六九三六円に対する、その余の原告らに対し、右金三六六万五二〇二円の三分の一である金一二二万一七三四円に対する民法所定の年五分と供託法、供託規則所定の利率の差(昭和五四年一〇月四日から昭和五七年三月三一日まで年三分八厘、同年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで年五分、同年四月一日から本判決確定に至るまで年三分八厘)の割合による損害金を支払うように求める。

(予備的)

1 管財人の亡善一に対する前記否認権行使による所有権移転登記等の抹消登記手続請求事件が上告審に係属中の昭和四二年一一月六日、亡善一は、亡潔との間において、亡善一が右訴訟で敗訴し、亡潔が破産財団より本件不動産の換価金の残余を受け取る場合には、その剰余金の五分を亡潔が受領し、その余の九割五分を亡善一に分配し、同人がこれを代理受領する旨の予約をし、右予約による本契約は、破産手続終結のときに、亡善一より本契約の意思表示をすることによつてなすことができる旨の契約をした。

2 主位的請求原因2記載のとおり、亡善一は、右訴訟で敗訴し、本件不動産は破産財団に回復された後換価され、本件剰余金が生じたのにかかわらず、亡潔の相続人である被告らは、右契約に反して管財人に本件剰余金の返還を求めたので、管財人は、主位的請求原因4記載のとおり、本件剰余金を供託し、破産手続は終結した。

3 そこで亡善一は、昭和五四年九月二〇日付の書面をもつて被告らに対し、仮に、亡潔において本件剰余金の返還を受ける権利があるとするならば、同人との間の右予約により本件剰余金の九割五分(金二七八五万五五三八円)を亡善一に支払うように通知して予約完結の意思表示をするとともに、これに対する回答を一週間以内にするよう求めた(同書面は、同月二六日被告らに到達した。)ところ、被告らは本件供託金の一割あるいは三割を要求して亡善一が右供託金のうち、右金二七八五万五五三八円を被告らの代理人として還付を受けることを違法に妨害した。

4 供託金の利息は、主位的請求原因6記載のとおりであるところ、亡善一と同人の相続人である原告らは、被告らの前記3の行為によつて、本件剰余金のうち金二七八五万五五三八円(原告岩佐多津はその二分の一である金一三九二万七七六九円、その余の原告らはいずれもその八分の一である金三四八万一九四二円に対する少なくとも民法所定年五分の割合による損害金と右供託金の利息との差額の損害を受けた。

よつて、原告らと被告らとの間において、本件供託金のうち、被告らは、いずれも原告岩佐多津に対し、金四六四万二五八九円とこれに対する供託金利息、原告岩佐篤治、同岩佐好博、同岡田和郎、同伊藤潤子に対し、各金一一六万六四七円とこれに対する供託金利息をそれぞれ支払う義務のあること及び原告らが被告らの各代理人として右各金員についてそれぞれ還付請求し、受領する権限のあることの確認を求めるとともに、民法七〇九条に基づき、被告らは原告岩佐多津に対し、右各金四六四万二五八九円に対する、その余の原告らに対し、右金一一六万〇六四七円に対する民法所定の年五分と供託法、供託規則所定の利率の差(昭和五四年一〇月四日から昭和五七年三月三一日まで年三分八厘、同年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで年五分、同年四月一日から本判決確定に至るまで年三分八厘)による損害金を支払うことを求める。〈以下、事実省略〉

理由

一主位的請求原因事実のうち、本件不動産は、もと亡大隈潔の所有であつたところ、昭和二八年八月二八日付の売買によつて亡岩佐善一に譲渡され、その旨の登記手続も経由されたが、これより先の昭和二七年四月三〇日亡潔と同和との間において本件不動産を右会社に対して金一七〇万円で売り渡す契約を締結していたことから、右会社が右売買の債務不履行による損害賠償請求権者として亡潔に対する破産を申立て、同人は、昭和三三年四月二六日名古屋地方裁判所より破産宣告を受けたこと、そして破産者亡潔の管財人は亡善一を被告として亡潔と亡善一間の本件不動産に関する売買につき、訴えをもつて否認権を行使し、右訴訟は、昭和四三年一月一九日亡善一の上告棄却によつて管財人の右請求を認容する旨の控訴審判決が確定し、本件不動産は破産財団に回復され、換価されて、その換価金は亡善一を含む各破産債権者に配当されたこと、右配当の結果、破産財団の残余財産として金二六〇〇万円が生じたので、管財人はこれを定期預金として保管していたところ、昭和五四年九月六日現在の元利合計が金二九三二万一六一九円となつたが、右剰余金は本件不動産の換価金によるものだけであつたこと、ところが右剰余金について亡潔の相続人である被告らも管財人に対して正当な受取人である旨主張したので、管財人は債権者を確知できないとの理由で右剰余金を別紙供託目録記載のとおり供託し現在に至つていること、亡善一は昭和五六年六月一〇日死亡し、同人の妻である原告岩佐多津及び子であるその余の原告らが亡善一の財産上の権利を相続により取得したこと、

以上の事実は当事者間に争いがない。

二ところで、本件供託金について還付請求権を有する者とは、本件剰余金について返還請求権を有した者であるから、本件剰余金が破産者亡潔、受益者である亡善一のいずれに帰属したかについて検討する。

破産法上、否認権は総破産債権者の共同担保である破産者の財産の維持をはかるため、正義、公平に反する破産者の行為の効力を失わしめ、破産財団から逸脱した財産を原状に復させ、もつて破産債権者に対し公平、平等な配当を行うことを目的とするものであるから、もつぱら破産債権者のための制度であるといえる。従つて、否認の効果は、破産手続中に限り、破産財団と否認権行使の相手方との間においてのみ存続し、破産手続の終結によつて消滅し、破産者を含む第三者に対してはその効果が及ばないものと解するのが相当である。そうであるならば、破産債権者に対し配当が実施された後、なお残余財産が存在し、しかもそれが否認権行使の結果破産財団に回復された財産である場合には、破産手続の終結によつて、否認の効果は消滅し、当該残余財産は当然に受益者又は転得者に返還されるべきものである。

この点を本件についてみるに、本件剰余金は前示のとおり、否認権行使の結果破産財団に回復された本件不動産の換価金のみから総破産債権者に配当を実施した後に残つた財産であるから、本件不動産そのものではないが、本件不動産の一部に代わるものと同視できる。そして、管財人は前示のとおり本件剰余金を昭和五四年九月六日供託したのであるから亡潔を破産者とする破産手続はそのころ、終結したものと推認される。そうすると本件不動産にかかる否認権行使の効果も同日ころ消滅し、本件剰余金は、本件不動産売買の受益者であつた亡善一に返還されるべきものであつたといわなければならない。

従つて、いずれも亡善一の相続人である原告岩佐多津は、本件供託金のうちその二分の一である金一四六六万〇八〇九円(円未満切捨、以下同じ。)とこれに対する供託金利息を、その余の原告らは各八分の一である金三六六万五二〇二円とこれに対する供託金利息をそれぞれ相続により取得したことになるから、原告らは、それぞれ右各金額につき供託金の還付請求権があるというべきである。

三そこで、次に原告らの被告らに対する損害賠償請求について判断する。

管財人が本件剰余金を供託するに至つたのは、前示のとおり管財人が本件剰余金の正当な受取人が亡善一であるか破産者亡潔の相続人である被告らであるか確知できなかつたためであるが、(その確知できない要因のひとつに被告らの管財人に対する返還請求のあつたことがあるとしても)その判断はあくまでも管財人によつてなされたものであるから、被告らが管財人に本件剰余金の返還を請求し、亡善一が本件供託金の還付を受けることに同意しないことそれ自体が違法であるとは到底いえないし、仮に違法であるとしても、被告らの右行為と原告ら主張の損害発生(供託金の利息が民法所定のそれより少ないこと)との間には相当因果関係がないものというべきである。

従つて、この点についての原告らの請求は理由がない。

また、原告らの被告らに対する損害賠償請求に関する予備的請求は、亡善一、亡潔間の契約が、亡潔において本件剰余金の受領権のあることが前提であるから、前示のとおりその前提を欠く原告らの右請求も理由がないというべきである。

四よつて、原告らの本訴請求は、その余の点について触れるまでもなく、本件供託金のうち、原告岩佐多津がその二分の一である金一四六六万〇八〇九円とこれに対する供託金利息、同岩佐篤治、同岩佐好博、同岡田和郎、同伊藤潤子がいずれもその八分の一である金三六六万五二〇二円とこれに対する供託金利息についてそれぞれ還付請求権を有することの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨 野田武明 友田和昭)

供託目録〈省略〉

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